榊原のかんこ踊り
​かんこ踊りで あったまろ。

「かんこ」「かっこ」と呼ぶ締太鼓を胸前または腰につけて打ちながら舞うように踊る「かんこ踊り」は、三重県の代表的な郷土芸能として広く知られています。かんこ踊りは共通して、
・念仏踊りの風流化した太鼓踊りの要素・田楽の風流化した豊年踊りとしての太鼓踊りの要素をもつこと
・神社仏閣で演じられること

が挙げられ、三重県全域の北勢地域・中勢地域・伊賀上野地域・南勢地域に広く分布しています。

津市榊原町では、一区から五区の5地区でそれそれかんこ踊りが継承されてきました。

少なくとも江戸中期以降から現在まで継承されており、明治時代には小倭 ( 旧白山町 ) から編入され、明治22年の旧榊原村 ( 現榊原一区から四区 ) と旧谷杣村 ( 現榊原五区 ) の合併を記念した「四郷入」が記録に残っています。各地区のかんこ踊りは昭和20〜30年代まで各区で続けられていましたが、その後一時中断していました。昭和 50〜60年代に各地区で復活が見られ、平成元年には射山神社御遷座四百年祭で5つの区が一同に踊る「五郷入」また同6年に開催された「まつり博・三重’ 94」でも「五郷入」を披露しました。しかしその後後継者不足などで休止状態が続き、定期的にかんこ踊りを踊っているのは一区のみとなっていました。そのため、平成28年よりかんこ踊り保存会が中心となって保存伝承についての取り組みが始まり、平成30年には三区が24年ぶりに復活し、射山神社で奉納かんこ踊りを行うことができました。

地元での聞き取りによると「よその区に踊りを盗まれないよう、奥深く山の中で練習した」「かんこ 踊りは長男しかなれず、一種のステータスでもあった」「弟はよそに 出ていく時に踊りも盗まれるから 踊らせない」などと伝わるが、目的は「保存」であって、各区で競い合うように大切に踊られていたそうです。また、かんこ踊りは各地区の住民やその家族などの縁者が対象で、地区での記念や祝賀・また社会情勢を反映した歌などもあることからも、その時々の時代の文化・社会・経済などの影響を反映しながら地区毎で独自に変容を繰り返し、今日まで伝承してきました。
 

5地区の踊りの構成や装束は基本的によく似ていますが、明治時代に編入された五区だけは、拍子など基本的な部分に相違があります。構成は、小学生が担当する「大太鼓」、黒い鳥毛をかぶり飛び跳ねながら胸のかんこを打ち鳴らす「かんこ」、歌あげ・チャンギリ・笛で構成される「ジュウタイ」、浴衣姿に褄折笠を被って吹く「ほら貝」、1メートルほどの長さの棒を持つ「棒振り」に、道化役の「しゃご馬」などで構成されています。

かんこ踊りを通じて、地域がつながる。

祭りや伝承の想いに、胸が熱くなる。

【かんこ踊りに関する情報】

​2017年8月27日 小会式【1区かんこ踊り】

​2017年10月9日 射山神社秋祭り【奉納かんこ踊り・第1区】

2018年10月8日 射山神社秋祭り【奉納かんこ踊り・第3区

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